プライドと不安感
私は父の顔を見た。
父は困惑したあいまいな笑顔を浮かべ私の気持ちをさぐるように見返した。
私は父に力強い言葉で「山脇学園を受けさせます」と言って欲しいと思ったのだったが。
「娘の成績では山脇学園は無理なのでしょうか」父の言葉に驚いた私は、父を睨みつけ、まっすぐに先生の顔を見て「もっと勉強して必ず山脇学園に入学します」と、叫ぶように断言した。
父と先生は顔を見合わせ小さく何度か頷いた。
先生は、しばらく私を見て「では、がんばりましょう」と言った。
父は何度も私と先生の顔を交互に見て額の汗を拭った。
自宅に向かう道すがら、それまでこらえていた涙が地面に落ちるほど泣けてきた。
悔しかった。
麹町小学校の有名人であり、千代田区からは学業と健康が秀でた証として賞状までもらったのだ。
その私が志望校に入学できるだけの力がないと、はっきり伝えられた。
キリキリと自尊心が痛いほど疼いた。
反面、強い不安が心臓をしめつけてくる。
ヨウコさんの制服姿
入学試験ってどれだけ難しいのだろうか。
昭和22年の頃は入試に関する情報などなく、やはり学校の先生が唯一最大の情報網だ。
山脇学園に入学させることに一番積極的だったのは長男の兄だった。
兄の友人がつき合っていたのが山脇学園の高校生。兄は、その女性、ヨウコさんを紹介され、清楚で優雅なたたずまいと制服も気にいったそうだ。
入試内容の情報を探るには、入学を果たした先輩から出来るだけ細かく、多くの内容を聞くのが良いということになり、私と父と兄でヨウコさんにお目にかかった。
ヨウコさんは、日曜日だったが制服を着てくれていた。
兄から聞かされていたようにヨウコさんの制服姿に、なんて素敵だろう、というのが私の第一印象だった。
高校3年のヨウコさんから受験内容や学園生活のことを聞いた。
私の気持ちは、必ず山脇学園への入試を成功させようという意志が強く強く固まったのだった。
受験勉強は放課後に集合して担任の先生が指導してくれる。
勉強法は配布された問題に手を挙げて答えたり、時には書き込んだりするのだが、基本は「暗記」。
困ったことに、私は「暗記」能力が非常に弱い。
自分で文章を構築するのは得意だったので、作文などは好きな学課で「作家」になりたいと夢をみたりした。
反面、学問的見地のある事実をありのままに記憶することは苦手。
山脇学園の制服
「知らないことを知る!」の快感
だが、そんな弱音を吐いてはいられない。
苦手なことを克服するのが受験なのだと自分に言い聞かせた。
娘の決意が固い事を知ると両親は家庭教師をつけてくれた。
父の友人の娘さんの女子大生だった。
当時としては高学歴の女子大生でしたが、この方の偉ぶらず高慢でもなく解りやすい指導で、私は「おねえさん」となつき、受験用の模擬テストを理解しながら暗記することを賢明に努め、暗記力の効果も上がっていった。
まさに、私史上もっとも学業に励んだ時間だった。
私は放課後の受験クラスに参加するのが楽しみになった。
何しろ問題に対する解を暗記しただけではない。
問題そのものも暗記してしまったのだ。
先生が問題を提示するときには、誰よりも早く答えたくて、お尻が持ちあがってしまうほど「ハイ!ハイ!」と言って挙手した。
解答用紙も常に一番先に提出した。
そんな行動をとったのは、「品川さんの学力では志望校は難しいです」と言われた事への反発もあったのだろうと思う。
しかし、それだけではない。私にとって、国語以外には、あまり面白くもない算数、理科、社会等の科目を理解することで、今まで知らなかった知識を取得する、つまり、「知らないことを知る!」ということの楽しさが私の心を高揚させた。
それに比例して受験への手ごたえも感じはじめていた。
願書の写真
挙手ルール違反
そのときも、先生が「次の問題は~」と、全部を言わないうちに、半身が立ち上がるように「ハイ」と手を上げた。
すると先生は私の顔は見ず突然沈黙。
下を向き何かを考えている様子。
生徒たちも先生を凝視しながら沈黙。
私も周囲を見回し、友人たちのそれぞれの顔を瞬時に盗み見て沈黙した。
「みなさんは初めての受験で一所懸命に勉強していますね。
勉強した結果を試験会場で思う存分発揮するには、落ち着いて問題をしっかり読むことが大事です」
先生は、『大事なことはよく読み込まないとひっかけ問題なのに、早合点して落とし穴に陥り点数を取り逃がしますよ』と言った。
静かに受講生全員を見回し私の視線と出会うと先生はしばし私の視線を受け止めながら言った。
「会場の雰囲気はこのお教室とは違います。覚えていたはずの事も度忘れすることだってあります」。
私は素直に先生の言葉を受け止めた。
自分だけに早く当ててもらうための行動を控えるようになった。
気が付けば教室は緊張した空気の中にも程よい和やかさが感じられるようになった。
何となくギスギスした違和感は、私が原因だったのだ。
自宅で一心不乱に勉強するのは正しい事だ。
しかし、グループとなると自分だけが教えを受けているわけではなく、受験生というひとつのチーム。
そうした場で、自分だけがどんな問題もわかっているとばかりにうるさく、しつこく最初に当てて欲しいとおねだりのような行為は『挙手ルール違反』なのだ。
友人たちも私の独走に内心は立腹していたかもしれない。
そんな私に、友人の誰ひとりとして、文句を付けなかったのは、文系的でおとなしい受験生たちは女親分的存在で一目おかれていた私の怒りを呼びおこすのが怖く、また面倒なので誰もが我慢して黙っていただけだったのだ。
私はようやく気がついた。大事なのは入試に合格することであり、放課後の学習の場は、学力をみせびらかす所ではなく互いに切磋琢磨して全員が希望校に入学することであると。
高い目標にたどり着く
山脇学園入学式
山脇学園校章
その後も、私を含めそれぞれが必死に学んだ。
私は無事に山脇学園に入学することができた。
それぞれの仲間は東大、早稲田、慶応に進学している。私は山脇学園の中学高校の一環として卒業。
大学は行かなかったのでその後の入試経験はない。
たった一度の入試試験とその過程での勉学の経験が、時を経た後に【魅力学®八つの法則】のためのルール作成、そして、それらを指導していく過程での受講生との向き合い方や指導法に役に立つことになった。
私が、山脇学園に入学した年は「50周年記念文化祭」が秋に控えていた。
この年、中学生になった私に、今後の人生を占うような出来事が起こる。
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