【人生100年時代の健康維持】がん医療とノーベル賞の「深くて固い」関係性。(医師の視点)

高齢化の著しいわが国では、1日におよそ3000人余りが亡くなっています。 また、2人に1人ががんにかかり、3人に1人はがんで亡くなっています。 そのため、がんの特効薬の開発は急務の課題となっていました。   そんな中、昨年度のノーベル医学生理学賞はアメリカのJames P. Allison氏とわが国の本庶佑氏の2名に授与されました。受賞理由は「their discovery of cancer therapy by inhibition of negative immune regulation(負の免疫制御を抑制するがん治療の発見)」でした。
2019/04/23

免疫とは

平たく言うと、がんに対する新たな治療法を見つけたということですが、「負の免疫制御」とはいったい何でしょうか?

 

「免疫」についてまず考えてみましょう。

 

いったん風邪を引くと、同じ風邪にはかかりにくくなる。

なので、インフルエンザにかかるまえに、インフルエンザワクチンの予防接種を受ける。

これが免疫の身近な例です。

免疫とは「疫(悪いこと)を免れる」が語源です。

 

つまり、免疫機能が弱いと病気にかかりやすいわけです。

バランスの良い食事をとってよく睡眠をとるなど、免疫機能を強めれば病気にかかりにくくなります。

これが正の免疫制御です。

 

対して、おなじみの花粉症は免疫機能が強すぎる状態です。

免疫機能を適切に弱めれば、症状は和らぎます。

これが負の免疫制御です。

 

「正の免疫制御」と「負の免疫制御を抑制する(抑える)こと」は実質似たような意味になります。

結局、「負の免疫制御を抑制する」とは免疫細胞でがん細胞をやっつけることを意味します。

ブレーキの仕組み

わかりやすく、車の運転にたとえてみましょう。

 

車はアクセルを踏むと発進し、ブレーキをかけると止まりますね。

 

車を運転する方は知っての通り、ブレーキには手で操作するサイドブレーキと、足で操作するブレーキペダルの2種類があります。

ノーベル委員会が受賞理由の説明に用いたこの図をみてみましょう。

ノーベル委員会が受賞理由の説明に用いた図

私たちの体は何十兆もの細胞からできていますが、免疫はそのうち、血液中にある白血球という細胞が担っています。さらに、好中球、マクロファージ、T細胞、B細胞など多数の種類の細胞に分けられます。

 

図の例えでは、免疫細胞(T細胞)が青い車で、がん細胞が奥に見える複数のピンク、つまり免疫細胞ががん細胞に向かって攻撃しようとしているところです。

 

そして、ブレーキが「負の免疫制御」に、それぞれのブレーキを外すことが「負の免疫制御を抑制する」にあたります。実際にブレーキ(黄色)を外すには、それぞれのブレーキに結合するY字型の抗体(緑)、つまり薬が必要です。

 

車のエンジンをかけるとき、サイドブレーキは上がっていて、ブレーキペダルを足で踏んでいますが、このままでは発進しませんね。

 

巧妙ながん細胞はこれと同様に、サイドブレーキを上げ、ブレーキペダルを踏むことで、車(免疫細胞)が動けないようにしています。

今回の発見

すなわち、がん細胞をやっつけるには、サイドブレーキを下げ、プレーキペダルを上げなければなりません。しかし、サイドブレーキとプレーキペダルにあたるものが免疫細胞にとってそれぞれ何なのか、不明だったわけです。

 

受賞者二人はこれらのブレーキを同定しました。

 

サイドブレーキはAllison氏が発見したCTLA-4、ブレーキペダルは本庶氏が発見したPD-1という分子でした。

 

CTLA-4とPD-1にそれぞれの抗体(薬)が結合することでサイドブレーキが下がり、ブレーキペダルが上がります。

 

こうして晴れて、免疫細胞ががん細胞に攻撃できるようになるのです。

特効薬「オプジーボ」の問題とは?

がんの特効薬はなし

PD-1が最初に報告されたのは30年くらい前の1990年代です。

 

小野製薬による長い臨床開発を経て、PD-1の抗体であるオプジーボ(一般名:ニボルマブ)は2014年に承認されました。

 

ただ、オプジーボには少なからず問題も残っています。従来の抗がん剤は強い副作用が問題でしたが、オプジーボにもいくつかの副作用があります。

 

また、二度の引き下げがあったものの、薬価が高く、保険適用も限られています。薬の特許切れ問題や、思うように新薬を開発できていない製薬企業の苦しい台所事情が背景にあるようです。

 

そして何より、効果は肺がんや胃がんなど限定的で、万能のがん特効薬では未だないことです。

産学連携のジレンマ

また、今回の受賞後には、本庶氏と製薬企業側の確執も明らかになりました。

 

地道な基礎研究の末にPD-1の動物における効果を認めた発見者側は自分だけに功績があると主張する一方、ヒトでの臨床効果を確認するためリスクをとって莫大な予算を投じた企業側も「心外である」と発言しました。

 

双方に言い分があるとはいえ、両者とも今回の新薬開発になくてはならないのは事実でした。今後、両者が歩み寄り、手を取りあって研究を継続していくことが望まれます。

まとめ

ノーベル賞受賞者の晩餐会会場

このように様々な課題は残っていますが、新しいアプローチの発見が道を切り開いた免疫によるがん医療には、今後も大きな期待が寄せられています。

 

いつの日か、がんが必ず治る病になる日が来るとよいですね。